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ミャンマー人の嫁を探して

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2017年 07月 19日

第四回ミャンマー訪問(1)

7月11日(火)

ベトナム航空の便でハノイ経由でヤンゴンへ。ハノイ~ヤンゴン間の便がひどく揺れて疲労困憊。初めて雨季に降り立ったヤンゴン空港はなかなか快適な涼しさ。これならば日本の夏のほうが暑いくらいだ。実際、日本に住んでいるミャンマー人は、みんな「暑い、暑い」と言って、日本の夏に辟易している様子である。入国手続きを経て、荷物を受け取り、ロビーに出たが、迎えに来ているはずのMさんがいない。電話をしても通じない。Messengerにメッセージを書くと、「korekara 30pun oinori desu. mainichi yatte masu」という返事。じゃあ、お祈りが終わるまで待つよと言うと、今度は「watashi ha uchi ni imasennyo」という返事。埒が明かないので結局タクシーでホワイトハウスへ。ホテルは女の子の顔ぶれが少し変わっただけで、この前来た時と様子は変わらず、宿泊客は私だけだった。毎年雨季はほとんど客がいないそうだ。部屋に落ち着いて、もう一度、Mさんにメッセージ。会話が噛み合わず、何か変だと思ったので、「Are you in Japan now?」と尋ねると、「Hai」という返事。「July 11th」に行くと伝えたのだが、どうやら彼女はJulyを8月と勘違いしたようだ。やれやれ。他にも色々メッセージが入って、返事を返した後、ケンタッキーで遅めの夕食を取る。もう私はヤンゴンでしかケンタッキーに行かない。味は同じで値段は半額だから。ホテルに帰って熟睡。


7月12日(水)

午前中、ダウンタウンを散策。こう何回も来ると、もはや異国情緒も感慨もなく、「また来たな」程度にしか思わなかった。昼頃、タクシーでDICAへ。そこでビジネスパートナーと落ち合い、食堂でDICAの役人の方から色々説明を受ける。仕事が終わった後、またタクシーでホテルに戻り、昼寝。雨季のヤンゴンはなかなか快適なのだが、やはり気候が違うからか、ひどく疲れる。夕食を食べ終わった後、パソコンを開けていると、MY009さんからメッセージが入る。仕事を辞めたのだという。理由を尋ねると、勤務先のFashion&Spaの店の宣伝用ビデオに通訳として出演することになったのだが、その動画がFacebookに流されると知って、辞めたということだった。恥ずかしいから(笑)。早まったことをするな、と言ったが、既に辞めてしまい、故郷のタチレクに帰るのだとか。土曜日に会う約束をする。


7月13日(木)

ドアノック失敗!」のSさんの妹とシェエダゴンパゴダで会う。お兄さんと一緒に来ていたが、彼は私に挨拶すると仕事があるからと言ってすぐに消えた。彼女は今年の三月まで二年間東京の日本語学校に通っていたのでとても日本語が流暢。語尾を「~でしょう」とする日本語がとても可愛らしかった。30歳、独身。シェエダゴンパゴダに来るのは三回目だが、この日初めて自分の誕生曜日である金曜日の仏様にお参りをした。その後、仏像の前で二人で駄弁る。なんだかんだ言ってミャンマーは日本に比べて娯楽が少ないので、「話す」というのが最大の娯楽なのだということに気づいて久しいので、臆することなくベラベラと世間話。学業とバイトに追われる日本での生活は大変だったらしく、今はミャンマーに帰ってきてホッとしつつ、求職中なのだとか。「ヤンゴンには日本の会社あまりないでしょう?」と言っていたが、それは違う。ミャンマーにはミャンマー語のホームページというものがあまりなく、Facebook以外にあまりネットを使わないので、色々と情報が不足しているのだ。ひととおり駄弁った後、一緒に昼食へ。近くのレストランが軒を並べている公園へ行ったのだが、「油の少ない料理がいい」という私のリクエストに応えているうちに、高そうなレストランに入る。メニューには値段が書いておらず、ミャンマー人にはかなり高いと思われたのだが、彼女は表情一つ変えず、料理を注文した。このへん、見栄を大事にするミャンマー人の真骨頂を見たような気がした。食後、近くの公園を散歩して、別れる。ホテルに帰って睡眠。起床後、土砂降りの中を夕食を食べにいき、地元民の集うレストランでシャンカウソエを食べる。ホテルに戻り、シャワーを浴びて、就寝。筋肉痛がひどい。


7月14日(金)

2時にビジネスパートナーと懇談。その後、結婚て手続きをしてくれる業者のところに赴く。店を仕切っているのはハキハキとした母娘二人だった。既に日本人とミャンマー人の結婚て手続きを何組も手掛けたことがあり、費用も妥当だったので、ここに頼むことに。夕方は恋愛相談に乗っていた若いミャンマー人女性に会った。詳細はこちら→恋愛相談に乗っていた若いミャンマー人女性に会ってきました。


7月15日(土)

10時まで目が覚めず。昼食を取った後、ホテルに戻って、ブログを書いたり、メールの返事を書いたり。夕方5時にMY009との待ち合わせ場所のMarketplaceへ。現れた彼女はこの前会った時と変わりなく、元気そうで、とても綺麗だった。仕事を辞めるとか言っていたが、店のマネージャーがビデオ出演を中止にしてくれたので、結局、続けることにしたのだという。店の写真を見せてもらっていたが、かなり高級そうな店で、客はミャンマーの富裕層ばかりなのだとか。彼女がタイ料理が好きなので、タイ料理のレストランに行くことにして、タクシーの運転手に連れて行ってもらうことに。が、「いい店を知っている」と安請け合いした運転手が、実は知らなかったらしく、何度もタクシーを止めて、道行く人々にタイ料理レストランのありかを聞く羽目に。文字通り紆余曲折を経た後、着いたのは見るからに高そうなレストラン。内心ビビっていたがそんなこと億尾にも出さずに、彼女をエスコートしてレストランに入る。メニューを開くと、まあ、なんとかなりそうな値段。三つほど料理を頼んで彼女と一緒に料理を突く。改めて娘さんの写真を見せてもらったがとても可愛く、現在、タウンジーの学校に通っているのだという。彼女は折り合いの悪い父親に黙ってヤンゴンに出てきたそうだ。なんでも再婚した父親が、自分のことを愛してないと思っていて、父親不振に陥っているらしい。なんと純粋・無垢なことか。色々話した後、「今は幸福ですか?」と尋ねると、「あなたとこうして美味しい料理を食べているからとても幸せよ!」という返事。嬉しいやら、何か勘違いしていると勘繰りたくなるやら。帰りもタクシーに乗ったが、今度は彼女が自分のコンドミニアムの住所を覚えていなくて、また周辺をウロウロする羽目に。なんとか送り届けて、ホテルに帰り、メッセンジャーで恋愛相談に乗っていた若いミャンマー人女性の愚痴を聞いて寝る。


7月16日(日)

この日も9時半まで目が覚めず。12時にD僧院へ行く。乗り合いタクシーを降りると、メッセンジャーでよく話すMNMさんがいた。僧院で日本語の個人授業を受けた後で、友達を待っているところなのだという。私が昼食を食べていないと言うと、自分の弁当を私にくれた。カレーと野菜炒め。ご飯の料理が半端なく多く、思わず焦ったが、そんなこと億尾にも出さずにありがたくいただく(が、結局、ご飯は半分残した)。僧院に着くと、見覚えのある女の子が授業前の自習をしていたので、挨拶をする。昨年の5月に初めて会った時はカタコトも話せなかったのに、今では簡単な会話ができるようになっていて、感慨深かった。12月にN3を受け、ミャンマー国内の日本企業に勤めるのが目標だそうだ。なかなか先生も生徒もやって来ないので、時間潰しに「関白宣言」と「川の流れのように」の歌詞を彼女とその後やって来たもう一人の女生徒(といっても既に母親)に教える。二人ともなんとなくは意味が分かった様子。教え終わった後、彼女が「これは先生の会社の書類ですか?」と尋ねてきた(苦笑)。違いますと答えたら、笑っていたが、彼女まで私の仕事のことを知っていたのかとびっくり。丁度いい機会なので彼女に「Facebookで友達になりましょう」と頼んだところ、既になっているとの返事。彼女のアカウントを見せてもらったところ、たしかに見覚えがある。が、プロフィールの写真があまりにもおちゃらけているので彼女と気づかなかった。彼女はいつも澄ました顔をしている。結局、その日は休講だということが分かって二人とも帰り、同じ教室でやっていたBasicクラスの授業を少し手伝った後、前回来た時にN3の授業をやっていると聞いた他の寺へ行く。が、そこでやっていたのは生徒6人ほどのBasicクラスで、結局、漢字を少し教えただけで辞去。この後会うはずだったMY005さんに電話をかけると、この日は都合が悪いということで、ミャンマーの休日である水曜日に会うことにする。乗り合いタクシーでホテルに帰り、また恋愛相談に乗っていた若いミャンマー人女性の愚痴を聞いて寝る。


7月17日(月)
第四回ミャンマー訪問(1)_b0355085_15502066.jpg
10時にビジネスパートナーに会いにスーレーへ。その途中、MPTの前でホワイトハウスの前マネージャーにばったり出くわす。なんでも現在インレー湖の近くに日本のツアー客をターゲットにした一泊50ドルほどの中級ホテルを建設中なのだとか。肺の病気も治ったようで元気そうでよかった。その後、ビジネスパートナーに会って銀行へ。用事が済んだ後、日本食レストランでとんこつラーメンを食べる。スープはまあまあだったが麺はいまいち。ホテルで一休みした後、レーダンセンターへ行ってSさんに会う。例の日本のファッション好きの彼女である。会うなり、お土産の漫画の代金を払うと言って譲らず、押し問答の末、彼女が差し出した10万チャットの束から1万チャット札を一枚抜き取ってありがたくいただいた。その後、レーダンセンターの地階にあるホットポットの店へ。彼女の父親が心臓の病気で入院しており、また彼女自身も膝が腫れる病気に罹っていて、あまり長居はできないとのこと。やはり油と砂糖が多すぎる食文化のせいか、ミャンマー人は若くてもこまめに病気をしている人が多い。日本に行く気はないのか、あるのなら手伝うと言ったが、彼女は「行きたくない!」と頑として首を縦に振らず、彼氏と上手く行っているかと尋ねると、丁度、その彼氏から電話がかかってきて、しばらくして姿を現した。政情不安定な国でジャーナリストをやっている人物だけあって、非常に精悍で聡明な人物だった。正直、彼女とお似合い。挨拶もそこそこに気を利かして辞去する。なんとなく二人が羨ましく、寂しかった(苦笑)。ホテルに帰った後、また恋愛相談に乗っていた若いミャンマー人女性の愚痴を聞いて寝る。


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by bonoxylove | 2017-07-19 14:24 | 国際結婚関連


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